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zoom RSS 毎日 編集部の逆襲?

<<   作成日時 : 2008/07/18 09:36   >>

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毎日新聞 時代の風 2008年7月13日
ネット時代の危機管理 自己に厳しい姿勢を 坂村健(東京大学教授)

 「信用が命」という業界の不祥事が最近、本当に多いような気がする。昔はモラルが高かったから不祥事自体が少なかった−と考えるよりはむしろ情報通信技術が社会の風通しを良くしたため、問題が表に出やすく、かつ広がりやすく、記憶に残りやすくなったと考えた方が自然だろう。人間の本質というのはそう変わらないが、科学技術は確実に時代を変えるのだ。
 船場吉兆の女将が記者会見でのヒソヒソ話がテレビで流れた後、「マイクがあんなに性能がいい物だとは思いませんでした…」と釈明(?)していた。それがある意味象徴的な出来事だ。
 昔なら耳にとまらず消えてしまっただろう情報を科学技術がピックアップし、それがテレビで全国に流れる。テレビが超えたのは空間の壁だけだったが、今のインターネットは時間の壁を超え、不特定多数への情報流布を可能にした。
 面白いニュースならすぐにデータ化してネットの動画サイトにあげる人が出てくる。そして、多くの人がブログなどでその話題を取り上げる。興味を持ってその「ヒソヒソ声」を聞きたいと思った時、そこには動画のアドレスが張られている。
ずっと後になってからも−いつでも・どこでも・誰もがクリック一つで過去のニュースを見られるのが今の時代だ。
 しかし、ネットが弱いのは「信頼性」。新聞などオールドメディアは、その背景にある「組織」を個々の記事の信頼性の担保としてきた。コストのかかる組織維持を長く行っていることが信頼の証しというわけだ。そして、何十年も現実世界で信頼を築いたブランドは強い。だからこそオールドメディアである新聞のニュースサイトが多くの人を引き付け、そこでは広告による組織維持が可能になる。
 一方、インターネットの中では、まずは疑うのが正しい姿勢であり、その上で過去の履歴まで見て評価して信じる信じないを読者が判断する。同定可能で過去も信頼性の高い行動をしている主体は、たとえ個人でネット名でも、それがブランドとなり一定の信頼性を得る。つまりいつでも過去ログや動画や他サイトからの評価などに簡単にアクセスできるという「技術」をベースにするのがネットの新しい信頼性担保メカニズムだ。

 配信から信頼性の担保まで多用な仕組みのニュースメディアが生まれている中、企業にとって自らの信頼性を維持するための危機管理が大きな課題になっていることは、想像に難くない。マスコミだけを相手に単一戦略で対処できる時代でなくなったからだ。
 神ならぬ人間が集まって事業をやっている以上、いくら科学技術が進歩しようと、何らかの不祥事を起こしてしまうことは無いとはいえない。問題はその後の危機管理。ここで「女将のマイク」に象徴されるように、科学技術の進歩による時代の風をよく見分けないと大けがをする。
 従来、ニュースが時代の壁を超えなかった時代には、「ひたすら黙って耐える」のは決して悪い戦略ではなかった。新しい情報がなければニュースも下火になる。やがて大きな事故でも起こればうやむやになる。しかし、今はできるだけ早い段階で対策を打ち、ネットの中の否定的コンテンツ(内容)の絶対量を減らす戦略が求められる。本紙の昨年の大型企画「ネット君臨」にも書かれている通り、ネットによって「一度つけられた傷は簡単には回復しない」からだ。

 その時重要なのは「危機管理は、自分にとって正しいか正しくないかではない」ということだ。例えばシンドラーの幹部の人たちにとって、原因がはっきりする前に頭を下げるのは正しくなかったのだろう。しかし、結果として彼らはせっかく食い込んだ日本市場を失ってしまった。
 同様に人が死ぬという悲劇ながら、「そんな古い製品は使わないでくれ」と言いたくなるような状況で、松下電器産業は「そこまでやるか」と思わせる徹底的な石油暖房機の製品回収活動を、テレビからインターネット、郵便までの全メディアで行った。多大なコストがかかっただろうが、だからこそ単なる「社長の涙の記者会見」より多くの消費者が重く受け止めた。
 企業における信頼性担保メカニズムというのは、結局その会社の姿勢を理解してもらい、それをブランド化することだ。意図したかどうかは別に、松下はあの執念さえ感じさせる回収広告で、見事に「問題のある製品を出したら、最後の一台まで回収するための努力をする企業です」という姿勢を周知させた。
 しかし、多くの企業はそれをできずに失敗する。「ボクは悪くない。世界の反応がおかしい」と思った時、すでに自己を客観的に見られなくなっている。だから、「自らニュースを広めてでも自己に厳しい姿勢を示し、信用を回復する」という発想にならない。
 船場吉兆廃業の運命を決めたのは、どこか笑えるヒソヒソ話のエピソードではない。「ボクは悪くない。世界の反応がおかしい」として、自らの守るべきものを見失っていることを示した一言−「食べ残しではなく、残された『お料理』といってほしい」の一言の方だったと思う。



 まったくもって、ごもっともです。わかる人にはわかるんだな。
 さて、この記事が今のタイミングで出てきたことが趣深い。毎日Hentai新聞記者による記事ならば「おまえがいうな」の一言だが、外部の人間(今回の場合大学教授)にこのような論評をさせて、それが紙面に載ったと言うところに何らかのメッセージが有るように思う。
 今のところ、毎日.jpには、この記事はUPされていないようだ。まあ、当たり前か。こういう権威に裏打ちされた言説というのを否定すると、自らの権威もまた否定されかねないからな。
 この記事が紙面に載った理由について考えてみる。

1.単に以前依頼していた原稿があがってきたので何も考えずに載せた
 この可能性は低いとは思うが、今の毎日Hentai新聞の対応等を見ていると、否定しきれない。この記事の持つ意味がわからないはずはないだろう(いくら毎日Hentai新聞といえど、このくらいはわかるだろう)。もしかしたら・・・・・という疑念は捨てきれないが。

2.わざと載せた
 この記事の意味を十分理解していて、編集でボツにならずに載せたという可能性。これが一番あり得るだろう。簡単に言えば、編集サイドから上層部への直訴状だな(外部の人間が書いているから、厳密には直訴ではないけど)。特に毎日本紙の記者や担当者にしてみれば、今回の騒動は「寝耳に水」だろうし、そんなことで自分に火の粉が降りかかることを許せない人も多かろう(もっとも海外支局の人はもっと早く気づいていたろう。気づいた時点で問題提起した人もいるかもしれないな)。そういう人(編集者)のできる範囲での抵抗なのかもしれない。
 もっとも、だからといって、本紙記者であるから無関係という言いぐさは通用しないけどね。この上層部の判断・行動に問題があると思うなら、さっさと「内部告発」したらいい。不二家も雪印も吉兆もそれがなされたからこそ、問題が表面化し、あのような騒動を起こしたのだろう。あのような騒動に巻き込まれるのがいやなのはわからなくもないが、そのような行動を取る報道人は、今後信頼されることはあるまいよ。不二家・雪印・吉兆の方が、毎日Hentai新聞に比べれば、従業員の意識が高いとも言えよう。これらたたかれた企業以下の良識しか持たない毎日Hentai新聞構成員は、それに見合った仕事に就くがよろしかろう。
 もっとも、どのような事情があろうと、末端でどのような対応を取ろうと、不買は止まらないけど。

3.何も考えてない
 編集サイドも、広告企業からの苦情・問い合わせ、ネット住民からの抗議、不買運動の矢面に立つ販売店からの突き上げ等により、営業あたりから相当たたかれてるだろう。そんな中、自暴自棄になっているのか?まあ、そこまでひどくはないと思うが。

 毎日Hentai新聞が次に取る策は何だろう。不謹慎だがわくわくしますね。

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