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zoom RSS マスゴミと呼ばないで 日経ITPRO

<<   作成日時 : 2008/09/08 12:15   >>

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 さて、毎日Hentai新聞に対する援護かな?あまり、役にはたってないようだし、的外れだな。何でこのようなことが起きているのか、分析が足りないようだ。記事は日経のITProです。

「マスゴミ」と呼ばれ続けて

 ここ数年,筆者は友人たちの間で「マスゴミ」と呼ばれ続けている。

 具体的にはこうだ。

筆者「最近,△×が流行ってるよね」
友人A「どうせお前らマスゴミの情報操作だろ」
筆者「…」

友人B「何か凶悪事件が起きるとすぐにネットやゲームのせいにする。これだからお前らマスゴミは」
筆者「…」

 筆者と友人は敵対関係にはない。筆者が特別横柄な態度を取っているわけでもない。彼らはITの最前線で活躍しているということもあり,仕事絡みの情報収集も含めて,よく話すし,よく飲む。普段は普通の友人たちだ。ただ,彼らが抱くマスコミに対する不満につながりそうな話に差しかかると,いつもこうなる。(1)

 昨今,毎日新聞の英語版サイト「毎日デイリーニューズ」が低俗記事を掲載し続けていた問題が批判されている。こうしたマスコミの不祥事の際は仕方がない。同じマスコミの人間として,襟元を正すべきいい機会だ。心して耳を傾ける。

 しかし,責任をマスコミにすべて帰するのが難しい話題や,まだ議論の余地のある話題の落としどころまで「マスコミが悪い」として,「マスゴミ」と斬って捨てられるのは,正直面白くない。(2)


 そんなことから最近,「どうすれば彼らにマスゴミと呼ばれないようになるのか」と考えていた。


ダブルスタンダードとネット情報との比較

 そもそもマスゴミとは,報道にたずさわる記者や会社,マスコミ業界全体を指し,マスコミの報道に不満がある人や,そもそものマスコミの存在自体を否定する人たちが使う侮蔑用語であると理解している。

 毎日デイリーニューズのように,マスコミとして不適切な報道があった場合は仕方がない。侮蔑されて当然だ。ただ,そもそも「マスコミは嘘を垂れ流す存在」「情報操作をしようとしている」と頭から決め付けている相手に対して,マスコミへの理解を求めるのは難しい。

 友人たちが持つマスコミに対する不満を,腰を据えて聞いたことがある。そこから導き出された主張はおおよそ以下の通りだ。

・同じマスコミ同士や特定の権力には甘く,そうでない存在は徹底的に叩くダブルスタンダードを持っている
・広告収入によるビジネスモデルが公平な報道の弊害となっている
・ネット上にこそ真に迫る事実がある(一部に信頼できない情報もあるが)
・事実とズレのある自己満足の報道が散見される
・マスコミは謝らない(3)

 上記の指摘を受けたのは,毎日デイリーニューズの問題が話題になっている最中だった。当時,毎日新聞に対する批判が掲示板やブログ,ネットメディアに偏っていたことが「マスコミは同じマスコミに甘い」という主張の根拠になっていたと思われる。「マスコミは謝らない」という指摘も,この問題についての毎日新聞の高圧的とも取れる謝罪手法が背景にあるのだろう。

 ただ,筆者の感覚では,マスコミが同じマスコミに対する報道で筆力を緩めることはないし(関連記事1),謝罪についても,事実と異なる記述をした際などは即座に訂正をして謝罪する。従って,筆者はこれらを省いて導き出される友人たちのマスコミ批判は,「ダブルスタンダードがある」「ネットの情報の方が信頼できる」---という2点に集約できると考える。(4)

 ダブルスタンダードに関する主張は,マスコミの構造的な問題を指摘していると思われる。友人たちの主張は,弁護士で元産経新聞の記者である日隅一雄氏の著書『「マスコミ」はなぜ「マスゴミ」と呼ばれるのか-権力に縛られたメディアのシステムを俯瞰する-』で補強して理解した。ここではマスコミの政府,大企業,大手広告代理店などとの癒着関係が指摘されている。友人たちは,こうした構造の片棒を担ぐ存在を「マスゴミ」と呼び,敬遠しているのだろう。(5)

 ネット情報の信頼性については,ネットの特性を生かした情報伝達のスピード,特定の話題に対して専門家や当事者たちが詳細に語り合うこともあるという深い分析と比較しているようだ。マスコミによるスクープ記事や独自取材による記事を除き,突発的なニュースは新聞や雑誌などの紙媒体よりも,ネットの方が情報は速い。玉石混交ではあるけれど,掲示板やウィキペディアなどには特定の話題を取材中の記者や取材対象者さえ舌を巻くほどの深い情報があることは多々ある。

 こうしたことから,友人たちは「“情報弱者”はすべての情報をマスコミから受動的に収集するかもしれないが,ある程度のネットリテラシーや情報収集リテラシーがあれば,ネット上で情報収集が完結するからダブルスタンダードのマスコミは不要」と言いたいのである。(6)

事実とその積み重ねで見えてくるもの

 しかし,本当にそうなのだろうか。友人たちにマスコミは本当に不要なのかと聞いてみると,次のような言葉が返ってきた。

友人A「お前らマスゴミは事実だけ報道していればいいんだよ」
筆者「…」

 正直,当初はこのぶっきらぼうな物言いにカチンときた。また,「事実だけ」という表現から「それ以外のことはすべて不要」という含みを感じ,不快感を覚えた。

 ただ,この発言をきちんと咀嚼(そしゃく)すれば,間違ったことは言っていない。

 マスコミの強みは,記者という肩書き1つでさまざまな話題の当事者,つまり一次情報に接しやすいところにある。一次情報からしか知り得ない事実を拾い上げることは,マスコミにしかできない最も重要な役割の1つだ。

 最近,デスク(副編集長)からも「分かりづらかったり,知られていないさまざまな事象についての仕組みを,fact(事実)の積み重ねによって明らかにするのが我々の仕事の本質」と言われた。マスコミの本質は事実や事実の積み重ねによって見えてくるもう1つの事実を報道するところにある。(7)

 そう考えると,「ダブルスタンダード」に対する友人たちの厳しい批判は,マスコミに対する期待を裏返しにしたものと見なすこともできる。「ダブルスタンダード」の存在は,「fact(事実)」とその積み重ねというマスコミの本質を誤らせるものだからである。

 マスコミがダブルスタンダードに陥る誘惑には,例えば,以下のようなものがある。

 筆者は以前,ある取材先から出入り禁止を申し渡されたことがある。書いた記事が気に入らないというのだ。記事はこの取材先を批判するものだったが,内容に間違いはなかった。また,ある知り合いの記者は,取材先からその記者が所属する媒体への広告出稿を止められたことがある。同じく,取材先が記事の内容を気に入らなかったからだ。こちらも記事の内容に間違いはなかったという。(8)

 「取材源を確保しておきたい」「広告出稿を維持させたい」---。事実を報道するという本質を貫くならば,こうした誘惑に負けてはならない。しかし,友人たちの指摘通り,マスコミがダブルスタンダードに陥る誘惑は,末端の記者の間にいくらでも散らばっている。

 この誘惑に負けないためには,堅い意志も必要だが,筆者は取材先との信頼関係の構築こそ重要と考える。取材先の主張したい自分たちの強みや抱えている課題などに耳を傾け,こちらからも取材先に情報を提供し,誠実に取材先の今ある姿を理解しようと努める。そうすれば,記者と取材先の間には一定の信頼関係が生まれる。その上での批判は,大抵の場合「書かれちゃったけど,事実だからしょうがないな」と取られることがほとんどだ。これが成り立たない場合,取材先の対応に問題がある場合もあるが,記者の取材姿勢に問題があることの方が多いのだろう。(9)

 ダブルスタンダードの誘惑に負けない公平な報道をするには,記者たちの日ごろの取材姿勢によるところが大きい。難しいだろうが,堅い意志を持って継続的に一次情報に触れつつ,公平な視点で事実を報道し続けることを心がけるしかない。

歩み寄りの精神が導く,より深いfact

 「ネット上にこそ真に迫る事実がある」という批判にも,ひとこと言っておきたい。筆者は,マスコミが発信する情報とネット上の情報は補完関係にあり,優劣を比較すべきものではないと考える。

 例えば,ネット上で批判が相次いだ地上デジタル放送などのコピー制御に用いられる「B-CASカード」。朝日新聞が「会社法違反」とする報道(関連記事2)をしたことをきっかけに,ニュースサイトの「GIGAZINE」も同じように問題点を指摘(関連記事3)し,これを受けて掲示板やウィキペディアでもさまざまな関連情報(関連記事4)が掲載された。ITproでも,この問題について当事者からの証言を取るべく,B-CAS社とNHKへ取材し,記事(関連記事5,関連記事6)を掲載。さらに,放送関連の話題に詳しい経済学者でアルファブロガーの池田信夫氏は,これら記事を引用しながら,自身のブログでその解説と分析をなされている(池田氏のブログにおける関連記事)。

 確かに,掲示板などのネット上にはマスコミが報道していない真に迫る事実が存在する。しかし,マスコミが報道することによって明らかになる事実があることも確かなことだ。(10)より多くの事実の積み重ねによって,より深い事実を求めるのならば,両者は共存すべきだろう。さまざまな課題があるのかもしれないが,マスコミを批判する人たちも,一部のネットに批判的なマスコミも,歩み寄りの精神を持つべき時だと筆者は考える。(11)


※          ※          ※

 友人たちから今でも「マスゴミ」と呼ばれ続けている筆者だが,実を言うと,近頃,彼らの発言にさほどカチンとこなくなってきた。つい先日の話だ。

筆者「△×について知りたいんだけど,何か情報ある?」
友人B「お前はマスゴミのくせにそんなことも知らないのか?ググれカス(すぐに質問しないで自分で検索して調べろ)!」
筆者「…」

 相変わらずの反応だが,友人からはすぐに求めていた情報に関する見解と参考情報先のリンクが大量に張られているメールが届いた。そしてその文末には,次のように添えられていた。

「情報提供してやったんだから,ちゃんと取材しろよ!」

 カチンとこなくなったのは,「マスゴミ」と呼ばれつつも,マスコミに対する期待の念が多少なりとも込められていると感じるようになったからなのかもしれない。

(島田 昇=ITpro) [2008/09/01]



 順に見ていきます。

(1)筆者と友人は敵対関係にはない。筆者が特別横柄な態度を取っているわけでもない。彼らはITの最前線で活躍しているということもあり,仕事絡みの情報収集も含めて,よく話すし,よく飲む。普段は普通の友人たちだ。ただ,彼らが抱くマスコミに対する不満につながりそうな話に差しかかると,いつもこうなる。

 何でこうなるのか、しっかりと考える必要があると思うな。「特別横柄な態度を取っているわけでもない」とのことだが、得てして本人は気付かないものです。この傾向はマスコミ全般に言えることだと思う。よほど心していないと、そういう態度が透けて見えるということを肝に銘じておくべき事だと思う。


(2) 昨今,毎日新聞の英語版サイト「毎日デイリーニューズ」が低俗記事を掲載し続けていた問題が批判されている。こうしたマスコミの不祥事の際は仕方がない。同じマスコミの人間として,襟元を正すべきいい機会だ。心して耳を傾ける。

 しかし,責任をマスコミにすべて帰するのが難しい話題や,まだ議論の余地のある話題の落としどころまで「マスコミが悪い」として,「マスゴミ」と斬って捨てられるのは,正直面白くない。


 さて、ここにもうすでに間違いがある。今、毎日Hentai新聞に対し様々な抗議活動が行われている。もちろん、毎日Hentai新聞に怒りは当然ある。しかし、それ以上にこのことをまともに取り上げようとしないその他のマスコミ各社に対しても、同じくらいの怒りがある。これがマスコミ不信の正体だ。
 毎日Hentai新聞騒動に関しては、今の既存マスコミの言い訳が許されるわけがない。本来であるならば、あなた方マスコミによって、毎日Hentai新聞が行った「犯罪」といってもいい報道に対して、激烈な批判があるべきであった。未だにそれを満足に行っている報道機関はなく、言うに事欠いて「ネットの暗部」などという戯言を書く馬鹿がいる。「ネットの暗部」というのは「Waiwaiの記事」そのものであり、報道各社はわかり次第、批判するべきであった。もう9月になろうというのに、未だに満足な報道があったようには思えない(ミヤネ屋さんで行ったが、それも十分とはとても言えない。不二家・「あるある」位の報道があってもしかるべきだと思う)。
 も一つ言えば、何でも新聞協会賞とかいうものに毎日Hentai新聞の記事が選ばれたそうだが、この協会の会長というのが「北村正任」という方(新聞協会のHP「新聞協会の組織」より)。この方の略歴は以下の通り(Wiki)。


北村正任(きたむら まさとう、1941年 - )は、毎日新聞社会長。日本ユニセフ評議員。元毎日新聞社代表取締役社長。青森県出身。青森県立八戸高等学校、東京大学法学部卒業。

経歴
1965年 毎日新聞社入社。
ボン支局長、外信部長、論説委員長、東京本社編集局長などを歴任。
2000年 常務取締役主筆。
2004年6月 代表取締役社長に就任。
2008年6月25日 会長に就任。


 まあ、見ての通りの人です(Wikiでは元社長となってるけど、前社長だね)。朝比奈現社長の前任者で、Waiwaiが日本をおとしめるべくがんばっていた間、常務取締役〜社長という輝かしい経歴の持ち主です。また、6月に行われた「懲罰的昇進」の直接の責任者でもある。まあ、こういう人でないと、新聞記者はつとまらないのか。暗澹たる気分になるな。
 受賞した毎日Hentai新聞の記事は確かにいい記事だし、受賞に十分な資格があるのかもしれない。しかし、こういう会長の下で、このような事件を受けた後、受賞するというのはいかがなものか?普通なら、周りに押されたとしても辞退するものじゃないの?高校野球なんかではそういう行動がよく求められたような気がするけど。新聞社は高校生じゃないからいいのかな?
 また、この騒動を知っているその他マスコミが、この受賞に対して何ら反応していないことが不思議だ。他の業種ならこのような茶番に対して、報道人が群がると思うんだけど。なぜ、北の湖理事長の家の前に集まる記者のように、前・現毎日社長宅前に集合してコメントを取らん?こういう事がネットで指摘されていると思うんだけど。

 この後、記者が友人に聞いたマスコミの問題点が挙げられている。

(3)・同じマスコミ同士や特定の権力には甘く,そうでない存在は徹底的に叩くダブルスタンダードを持っている
・広告収入によるビジネスモデルが公平な報道の弊害となっている
・ネット上にこそ真に迫る事実がある(一部に信頼できない情報もあるが)
・事実とズレのある自己満足の報道が散見される
・マスコミは謝らない


 ずいぶん、歯にもの着せぬ意見を言う人だ。まさにその通り。これを真摯な気持ちで受け入れられれば、まだ救いもあるのだけど、そのことに対する記者の意見はこれ。

(4)ただ,筆者の感覚では,マスコミが同じマスコミに対する報道で筆力を緩めることはないし(関連記事1),謝罪についても,事実と異なる記述をした際などは即座に訂正をして謝罪する。従って,筆者はこれらを省いて導き出される友人たちのマスコミ批判は,「ダブルスタンダードがある」「ネットの情報の方が信頼できる」---という2点に集約できると考える。

 ちょっと待て。「筆力をゆるめることはない」だ?だったら、毎日Hentai新聞のWaiwaiの記事を真正面から取り上げたメディアがあるとでも言うのか。私は寡聞にしてみたことがない。
 また、「事実と異なる記述をした際などは即座に訂正して謝罪する」に至っては記者にあるまじき認識不足だな。サンゴ事件で社長の解任を含む処分が出て謝罪するまでの朝日の悪あがきを知らないとでも言うのか?今回のWaiwaiの記事でも「子供狩り」記事があるが、これに対し謝罪・訂正があったとでも言うのだろうか?一体何を見ているんだ?これでも記者か・・・。情報弱者というのはこういう記者のことを言うんじゃないの?
 この後、ダブルスタンダードについて書かれている。

(5)ここではマスコミの政府,大企業,大手広告代理店などとの癒着関係が指摘されている。友人たちは,こうした構造の片棒を担ぐ存在を「マスゴミ」と呼び,敬遠しているのだろう。

 大事な市民団体が抜けてるんじゃないの?ついでに言えば「政府」というのは、日本だけでなく諸外国政府も含まれることをちゃんと書かないと、不十分だぞ。もっとも、日本政府に癒着した記事をここ最近見たこと無いけど・・・。
 また、ネット情報の信頼性については、さすがに全面否定は難しいと考えたのか、迎合しているような表記になっている。それでも、「玉石混合」と書くあたり、底が知れるが。
 で、この段のまとめとして、以下の記述。

(6)こうしたことから,友人たちは「“情報弱者”はすべての情報をマスコミから受動的に収集するかもしれないが,ある程度のネットリテラシーや情報収集リテラシーがあれば,ネット上で情報収集が完結するからダブルスタンダードのマスコミは不要」と言いたいのである。

 まさに、その通りなのだけど。こういう事言われるマスコミこそが反省すべきなのだけどね。ちゃんとした報道に終始してれば、こんなことを言われることもない。

 この後、記者の会社内での出来事が書かれている。その中で、これが気になった。

(7)最近,デスク(副編集長)からも「分かりづらかったり,知られていないさまざまな事象についての仕組みを,fact(事実)の積み重ねによって明らかにするのが我々の仕事の本質」と言われた。マスコミの本質は事実や事実の積み重ねによって見えてくるもう1つの事実を報道するところにある。

 これは確かにその通り。ただ、このfactという奴が、極めて恣意的に選別されることで、恣意的な記事になるということが、記者氏にわかっているのだろうか?これをやることで、「嘘ではないが真実を伝えてはいない」という記事ができあがるわけだが。このような情報操作は真実から遠ざかるもの以外の何者でもない。
 その後、記者氏の実体験と伝聞がある。

(8)筆者は以前,ある取材先から出入り禁止を申し渡されたことがある。書いた記事が気に入らないというのだ。記事はこの取材先を批判するものだったが,内容に間違いはなかった。また,ある知り合いの記者は,取材先からその記者が所属する媒体への広告出稿を止められたことがある。同じく,取材先が記事の内容を気に入らなかったからだ。こちらも記事の内容に間違いはなかったという。

 さて、これが事実と信じられればどれだけいいか・・・。「内容に間違いはない」が「真実でもない」という記事を書いていた可能性を捨てきれない。もし、そのような事例であれば、広告出稿停止という処分を下すのは当然といえよう。そのような情報機関に金を払ってまで広告する意味があるまい。
 大体、企業側には広告出稿する義務はないわな。「我が社の広告を出してほしい」と思える媒体になるのが先だろう。別に「提灯記事」を書けとは言わん(そう思いこんでる馬鹿もいそうだが)。事実と正しい認識による批判であれば、受け入れられる。仮にその会社が出稿を停止しても、その他企業がその媒体の信頼性を評価し、出稿するんじゃないの?それこそが記者の腕の見せ所だろう。出稿停止に対してこのような「泣き言」しか言えないようでは、その記事内容も推して知るべしと言うところか。

(9)その上での批判は,大抵の場合「書かれちゃったけど,事実だからしょうがないな」と取られることがほとんどだ。これが成り立たない場合,取材先の対応に問題がある場合もあるが,記者の取材姿勢に問題があることの方が多いのだろう。

 一応、上で書いたことも書いているな。ならば、おそれる必要もあるまい。正しい認識による正確な記事なら、きっと別の取材先が評価してくれるよ。その姿勢を維持し続けているのならね。問題ある記者については、報道機関が勝手に処分すればよかろう。それができないから、信頼性が問われる事になっているんだと思うが。

 ここから、最後の段で「マスコミとネットの共生」について書かれている。言いたいことはわかるが、どちらかといえば、マスコミ側の理解と努力が決定的に足りないと思うぞ。

(10)確かに,掲示板などのネット上にはマスコミが報道していない真に迫る事実が存在する。しかし,マスコミが報道することによって明らかになる事実があることも確かなことだ。

 これは一面の真実は含んでいる。しかし、「マスコミが報道しないことで事実を消し去ろう」ということがあることを無視してはいけないな。同時に「マスコミが報道することで世論を誘導しよう」という動きも見逃せない。こういう事に対して、徹底的に戦うマスコミがあれば、今のようなマスコミ批判は展開されなかっただろう。こういう考察ができないから、マスコミ不信は止まらないんだろうけど。
 で、結びの言葉はこれ。

(11)さまざまな課題があるのかもしれないが,マスコミを批判する人たちも,一部のネットに批判的なマスコミも,歩み寄りの精神を持つべき時だと筆者は考える。

 歩み寄りだ?馬鹿も休み休み言え。嘘の報道をやめるのに歩み寄りもへったくれもあるまい。また、報道しないという報道機関の傲慢を許せるわけもない。どうも、マスコミ人に共通してみられる行動原理がありそうだな。マスコミがどう考えているかはわからないが、ネットは「落としどころ」を探っているわけではない。「真実」「公正」「中立」な報道を求めているだけだ。これができないなら、今すぐ筆を折るべきでしょうな。

 また、本当にそう思うなら、

毎日Hentai新聞のWaiwaiの記事を正面から取り上げた記事を書いてみろ。

話はそれからだ。

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