行き先のない道しるべ

アクセスカウンタ

zoom RSS 毎日Hentai新聞発 アイヌ差別キャンペーンのお知らせ

<<   作成日時 : 2009/01/13 18:10   >>

ブログ気持玉 0 / トラックバック 0 / コメント 0

 毎日Hentai新聞はどうやら差別を続けてほしいらしい。この一連のシリーズを見て、一番差別的なのは「毎日Hentai新聞」のようにしか思えない。以下引用。

毎日:アイヌの今:民族共生に向けて/上 文化 /北海道
 ◇振興法にほころびも−−国の支援不十分、継承に不安
 「イランカラプテー(こんにちは)」。日高管内平取町の中心部から車で約15分。アイヌ民族初の国会議員となった萱野茂さん(06年死去)が山あいに開いた私設図書館で、次男志朗さん(50)がマイクに語りかけた。志朗さんが主宰する国内唯一のアイヌ語ラジオ「FMピパウシ」の放送だ。

 萱野茂さんは約30万円かけて中古機材を購入し、01年4月に免許のいらないミニFM局を開局した。父の遺志を継いだ志朗さんが毎月第2日曜日の午前11時から正午まで、アイヌ民話の朗読や簡単なアイヌ語講座など月1回の放送を続ける。語り手やスタッフ約10人はボランティアで、電波が届く範囲は半径約200メートル。受信可能な民家は3軒程度だが、放送はインターネットでも配信しており、平均300件のアクセスがある。

    ◇

 97年施行のアイヌ文化振興法(アイヌ新法)は、国がアイヌ文化の継承者育成などに努めることをうたった。だが、差別を嫌ってアイヌ語を子どもに教えてこなかったアイヌの家庭も多く、アイヌ語の話し手は年々減少しているとみられる。佐藤幸治・京大名誉教授は「文化の継承・発展は『言葉』であり、これをどう展開していくかが大きな問題だ」と指摘する。

 アイヌ新法に基づき設置されたアイヌ文化振興・研究推進機構は国の補助を受け、アイヌ語の普及事業などを実施している。しかし、民間への助成は単年度事業に限られる。ラジオ局のような複数年度にまたがる活動は対象外とされ、年間約20万円に上る機材の維持費などを負担している志朗さんは「手続きも煩雑で、使い勝手が悪い」と批判する。

    ◇

 胆振管内白老町では06年度から、アイヌ民族が伝統的に生活を営んできた森や河川を整備する「伝統的生活空間(イオル)再生事業」が始まった。明治政府がアイヌの土地を収奪した歴史を踏まえ、政府の「ウタリ対策のあり方に関する有識者懇談会」が96年に提案した目玉事業。イオルでは、アイヌが生活用具に利用していたオヒョウなどの苗木が植樹され、成木は伝統工芸の素材となる予定だ。

 ただ、オヒョウは近くの国有林にも多く自生している。地元の関係者からは「木が育つのを待つうちに伝承者がいなくなってしまう」と国有林の活用を求める声も出ているが、事業の実施主体が同機構のため「国有林は使えない」(胆振東部森林管理署)というのが国の見解。アイヌ民族博物館の前館長、中村斎(いつき)さん(76)は「国がアイヌのことを本当に考えているとは思えない」と不信感をぬぐえない。

   ×  ×

 アイヌ新法制定から間もなく12年。アイヌの文化振興をうたった新法に「ほころび」も見え隠れする中、08年6月にはアイヌ民族を先住民族と認定するよう求める初の国会決議が採択され、政府は新たな「アイヌ政策のあり方に関する有識者懇談会」を設置した。今夏にもまとめられる懇談会報告書を前に、アイヌの現場から今、必要な施策を考える。

==============

 ■ことば

 ◇アイヌ文化振興法
 97年7月、アイヌ文化の振興・普及・啓発などを図ることを目的に施行された。差別法といわれた北海道旧土人保護法が同時に廃止されたことから、アイヌ新法とも呼ばれる。具体的な事業の実施主体として、財団法人「アイヌ文化振興・研究推進機構」(札幌市)が設立され、アイヌ関連の研究事業やアイヌ語教育・普及事業のほか、伝統的生活空間(イオル)再生事業などが行われている。同法はアイヌ政策の転換点となったが、アイヌを先住民族と認定することを避けたほか、内容も「文化」に特化され、アイヌ側が求めた生活支援策などは盛り込まれなかった。

毎日新聞 2009年1月9日 地方版



 まずは前編。さわりの部分ですが、どうも歯切れが悪いように思える。具体的な問題点が示されていない。ま、記者本人は具体的なつもりなのだろうが。

>差別を嫌ってアイヌ語を子どもに教えてこなかったアイヌの家庭も多く、アイヌ語の話し手は年々減少しているとみられる。佐藤幸治・京大名誉教授は「文化の継承・発展は『言葉』であり、これをどう展開していくかが大きな問題だ」と指摘する。

 こう書いていながら、差別の実情について何も書いてない。どういう差別があるのか、具体的に書かないと信用されないよ。最も具体的に書いてしまうと、具体的に反論されてしまうから避けてるんだろうけど。
 また、言葉の問題に関しては、何もアイヌに限った話じゃない。日本全土で方言が絶滅の危機に瀕している。何故そうなるかと言えば、言葉というツールは便利なものが使われるからだ。教科書・TV・ラジオ等々すべてで同じ言語が用いられている。となれば、人はその言葉を覚えるもんです。特に子供はそう。200年前の薩摩人と今の10代の鹿児島県民はおそらくまともな会話ができないだろう。言葉ってそう言うものだ。
 そう言う中で地域の言葉が消えていくのは仕方のないことだろう。今の北海道の地名等を考えてみれば、アイヌ語を廃絶するための努力があったとは思えない。行ったとすれば、日本語の推進だろう。その過程で無くなってしまう言葉ならば、それはそれで仕方がないとは思う。もちろん、言葉を維持しようという活動をすること自体はかまわない。大切なものはそうすべきだろう。

>民間への助成は単年度事業に限られる。ラジオ局のような複数年度にまたがる活動は対象外とされ、年間約20万円に上る機材の維持費などを負担している志朗さんは「手続きも煩雑で、使い勝手が悪い」と批判する。

 上にも書いたが、本当に大事なものなら自分で守る覚悟が必要だ。支援制度があるにもかかわらず、文句を言うなんざお話にならない。いやなら、使わなきゃいい。それともこんな制度なら、無い方がましか?そうではあるまい。まあ、活動家にしてみれば「無い」方がいろいろな文句が付けられていいのかもしれないが。

>オヒョウは近くの国有林にも多く自生している。地元の関係者からは「木が育つのを待つうちに伝承者がいなくなってしまう」と国有林の活用を求める声も出ているが、事業の実施主体が同機構のため「国有林は使えない」(胆振東部森林管理署)というのが国の見解。アイヌ民族博物館の前館長、中村斎(いつき)さん(76)は「国がアイヌのことを本当に考えているとは思えない」と不信感をぬぐえない。

 なるほどね。確かに国のやりようには疑問もある。ただ、何でオヒョウが無くなったのか?植林だけが原因か?アイヌ所有の山林もあるはずだが。その山林では何故オヒョウが無いの?その理由を考えるべきだとは思うが。
 また、「国がアイヌのことを本当に考えているとは思えない」とのことだが、おそらく国も「同機構がアイヌのことを本当に考えているとは思えない」から、国有林使用を拒否してるんだと思うな。

>内容も「文化」に特化され、アイヌ側が求めた生活支援策などは盛り込まれなかった。

 これは当たり前。生活保護などで十分対応できることです。何もアイヌだけを特別扱いする訳にはいくまい。民族共生を考えるなら、当たり前だと思うが。
 中編に続きます。


アイヌの今:民族共生に向けて/中 生活 /北海道
 ◇誇り持てる社会に−−消えぬ格差、「血」隠す苦悩
 「アイヌってどういう人?」。アイヌ民族の夫を持つ胆振管内白老町の女性(42)は、次女(18)が小学校高学年のころ口にした素朴な質問に一瞬戸惑った。夫が「おれたちのことだ」と答えると、居合わせた長女と長男も驚いた様子を見せた。女性が「恥ずかしがることないよ」と続けると、子どもたちはすんなり受け入れてくれたようだった。

 アイヌであることを理由に差別されてきた苦難の歴史は「アイヌの血」を隠して暮らす人々を今なお生み続けている。

 女性の長女は中学時代、友人が「あそこの家はアイヌなんだよ」と陰口をたたくのを聞いたが、実はその友人もアイヌだった。自身の出自を親から教えられないまま、差別する側に回る悲劇。女性は「子供にどうやってアイヌであることを伝えるか悩んでいる人は多い」と打ち明ける。

 今、長女は21歳。「結婚で差別を受けないか不安に思うこともある」と女性の心配は尽きない。


    ◇

 苫小牧市内の40代の女性はアイヌの父と和人の母の間に生まれ、中学時代に初めて差別を受けた。同級生から「お前アイヌだろ。気持ち悪い」と言われたトラウマは今も消し難く、アイヌ関係のテレビ番組が流れると、黙ってチャンネルを替えてしまうことがある。

 女性は「嫌な思いをしたからアイヌとして生きたくないという人は多い」と、声を上げられぬアイヌの気持ちを代弁する。5年ほど前に子どもにもアイヌの血をひくことを伝えたが、その後も家庭ではアイヌの話題がタブーになっている。

    ◇

 差別は所得や教育の格差も生み出す。

 道が06年に行ったアイヌの生活実態調査によると、道内に住むアイヌ約2万4000人の生活保護受給率はアイヌ居住地域の住民平均の1・6倍に当たる3・8%に上った。大学進学率は平均の半分以下の17・4%。北海道ウタリ協会の加藤忠理事長は政府の「アイヌ政策のあり方に関する有識者懇談会」で進学率の低さを取り上げ「親の世代が受けた民族差別に貧困なども含めた複合的な要素が絡んでいる」と指摘した。

 道はアイヌを対象とした高校・大学の奨学金や住宅新築・改築の補助などの制度を設けているものの、胆振管内の生活相談員は「『アイヌであることを隠したい』と申請しない家庭も多い」と明かす。有識者懇談会では生活支援策を道内だけでなく全国に広げる議論も行われているが、実現しても「アイヌの血」を表に出せない人々には支援が届かない可能性もある。

 白老町の生活相談員、竹田博光さん(59)は「求めているのは定額給付金のような『ばらまき政策』ではない。アイヌであることを誇りに思える社会をつくらなくてはいけない」と訴える。言い換えれば、民族の違いを越えて互いを尊重する「共生」の実現。日本社会全体が問われている。


==============

 ■ことば

 ◇道のアイヌ生活実態調査
 道がアイヌ施策のあり方を検討するため、アイヌ民族の血を受け継いでいるとみられる人とその家族を対象に72年から6、7年ごとに実施している。最新の06年調査によると、アイヌは道内72市町村に8274世帯2万3782人が住み、うち6割が日高、胆振支庁管内に集中。1次、2次産業の従事者の割合がアイヌ居住地域の平均を30ポイント以上上回る56・3%に達した。ただし、アイヌであることを否定している場合は調査対象外で、識者などから「現状を正確に反映していない」とも指摘されている。

毎日新聞 2009年1月10日 地方版


 さて、前編でちょっと書いた差別の具体例がこれらしい。はっきり言ってふざけるなという程度のものですな。何処に差別があるのか理解不能。

>「アイヌってどういう人?」。アイヌ民族の夫を持つ胆振管内白老町の女性(42)は、次女(18)が小学校高学年のころ口にした素朴な質問に一瞬戸惑った。夫が「おれたちのことだ」と答えると、居合わせた長女と長男も驚いた様子を見せた。女性が「恥ずかしがることないよ」と続けると、子どもたちはすんなり受け入れてくれたようだった。

 これはアイヌが少数であるからこそ言われることであり、その内容に差別的な内容は無いと思うが。こういう書き方をする人そのものが極めて差別的だとも言える。「和人」対「アイヌ」、「ヤマトンチュウ」対「ウチナンチュウ」。こういう言葉があること自体、差別的だとは思わないんだろうか。アイヌの語る「和人」に好意的なニュアンスはないだろうし、沖縄の「ヤマトンチュウ」もそうだ。そう言うことに敏感な人はいる。そのニュアンスに気付いた人は、そう言う人たちから距離を置くようになるだろう。差別の根源というのはこういうものだと思うけどね。
 また、この例で明らかなのは、アイヌ和人の婚姻が普通に行われていると言うことだ。何故かそのことに記者は気付いていないのかもしれないが。

>女性の長女は中学時代、友人が「あそこの家はアイヌなんだよ」と陰口をたたくのを聞いたが、実はその友人もアイヌだった。自身の出自を親から教えられないまま、差別する側に回る悲劇。女性は「子供にどうやってアイヌであることを伝えるか悩んでいる人は多い」と打ち明ける。

 これまた、何処が差別なのかわからんな。具体性ゼロの証言に価値なんぞ無い。解ることはアイヌの人は「アイヌ」であることが嫌いらしい。そうとしか思えんな。その淵源は何なのか、しっかり分析すべきだと思うぞ。「和人が悪い」だけでは、済みそうにないが。

>今、長女は21歳。「結婚で差別を受けないか不安に思うこともある」と女性の心配は尽きない。

 両親を見ているのに、何故そのような思いに至るのか、意味不明。この後、なかなかおもしろいデータが出る。

>道が06年に行ったアイヌの生活実態調査によると、道内に住むアイヌ約2万4000人の生活保護受給率はアイヌ居住地域の住民平均の1・6倍に当たる3・8%に上った。大学進学率は平均の半分以下の17・4%。北海道ウタリ協会の加藤忠理事長は政府の「アイヌ政策のあり方に関する有識者懇談会」で進学率の低さを取り上げ「親の世代が受けた民族差別に貧困なども含めた複合的な要素が絡んでいる」と指摘した。

 よくわからん数字だな。アイヌ居住地域以外に住むアイヌの人の生活保護受給率が高いと言うことか。これはアイヌ居住地域に住めないアイヌがいると言うことだな。何故住めないのかは解らないが。仕事がないのかな。アイヌの人の「共生」意識があるなら、それこそ助け合いが必要だとは思うが、どうもそう言うことは無いみたいだ。
 また、進学率の話が出てるが、はっきり言って甘えんな。勉強しないことまで、和人のせいにされてたまるか。アイヌ故入学させない大学があるとでも言うのか。逆の例はあったとしても、アイヌだから入学させない大学なんぞあるもんか。進学率が低いのは教育に関して意識が低いせいだ。それが理解できない間は、彼らの「差別意識」は無くならないな。
 もっと言うなら、進学しなくても困らないという現状はないか?部落問題なんかでは「アファーマティブアクション」のようなものが働いて、就職先なんかを確保している様だが、そう言うものはないか?もしあるのなら、教育に熱が入らないのは当たり前だ。勉強しなくても困らないもんな。こういう制度がなくなれば、自ずと進学率は上がるだろう。
 で、この後、真逆な言葉が出る。

>道はアイヌを対象とした高校・大学の奨学金や住宅新築・改築の補助などの制度を設けているものの、胆振管内の生活相談員は「『アイヌであることを隠したい』と申請しない家庭も多い」と明かす。有識者懇談会では生活支援策を道内だけでなく全国に広げる議論も行われているが、実現しても「アイヌの血」を表に出せない人々には支援が届かない可能性もある。

 生活保護はOKだけど、アイヌ補助は勘弁というのが、アイヌの共通認識のようだ。運動家と違い、一般アイヌには誇りがあると見た。「和人」と同様の扱いでなければ、「アイヌ」が存在し得ないことを理解しているのだろう。記者はどうあっても差別のせいにしたいようだが。私は誇り高きアイヌを賞賛する。

>白老町の生活相談員、竹田博光さん(59)は「求めているのは定額給付金のような『ばらまき政策』ではない。アイヌであることを誇りに思える社会をつくらなくてはいけない」と訴える。言い換えれば、民族の違いを越えて互いを尊重する「共生」の実現。日本社会全体が問われている。

 なるほど、言いたいことは解らなくはないが、この前にやることがあるだろう。まず、日本人であることを誇りに思える社会にしなくてはな。その中でそれぞれの民族の誇りも出てくるだろう。「日本人の誇り」なく「アイヌの誇り」を大上段に打ち出すと、今度は差別が逆転するだけだ。共生というのはどちらか片方の一方的な努力だけで達成されるものではない。
 次が最後。

アイヌの今:民族共生に向けて/下 教育 /北海道
 ◇異文化知り豊かに−−地域や学校間で温度差
 「私らは今でもこんな家に住んでると思うかい」。アイヌ民族博物館(胆振管内白老町)の伝統家屋チセで、民族衣装を着た解説員、野本三治さん(46)が道外から来た修学旅行生たちに話しかけた。引率の女性教諭にも「あなた、そう思ったでしょう」と尋ねると、教諭は「はい」とうなずいた。

 明治政府の同化政策によってアイヌ民族は昔ながらの生活や言葉を捨てさせられた。しかし、アイヌ民族博物館を訪れる観光客や修学旅行生には、今もアイヌが伝統的な生活をしていると誤解している人も多く「アイヌも靴下を履くの?」「日本語上手だね。どこで学んだの?」などの珍問が後を絶たない。

 「少数民族について幼いころから正しく学べるようになってほしい」と野本さんはいう。政府がアイヌを先住民族として認めてこなかったツケが教育のひずみとなって表れ、「アイヌを知らない日本人」を生んでいる。


    ◇

 日高管内浦河町立堺町小学校の日比野裕司教諭(54)はアイヌに関する教育に力を入れている。名古屋市に生まれ、自宅近くの在日朝鮮人集落には「危ないから行ってはいけない」と言われて育った。大学時代に人権や民族問題を学んで少数民族への差別を知り、教育の重要性を感じた。今は独自のカリキュラムを作り、国語や社会、道徳などの授業にアイヌの文化や歴史を織り交ぜて指導する。

 成果を実感したこともある。04年11月、芦別市立芦別小学校で4年生を受け持った時、アイヌ民族の現状を教えていたところ、1人の男児が意を決したように立ち上がった。「ぼく、アイヌだよ」。教室にどよめきが起こった。「おお」「すごい」。差別的な反応は一切なかった。同級生の感嘆のまなざしに照れたような笑みを浮かべた男児の表情が忘れられない。

 日比野さんは「少数民族のアイヌが『自分はアイヌだ』と胸を張って言える社会にしたい。そのためには教育の役割が大きい」と力を込める。


    ◇

 道教委は小中学校教員の初任者研修の手引きにアイヌ文化を授業で取り上げるよう明記しているほか、教委内に「アイヌ教育相談員」を配置。08年度からは白老町などで小中学校を通じたカリキュラム作りを始めた。3年かけて完成させ、全道への普及を目指す。

 しかし、白老町立萩野中学校の古俣博之校長(56)は「意識の高い先生は増えてきたが、まだまだ地域や学校間で温度差がある。教育の実践例を示したり、教員研修を増やすべきだ」と指摘する。教育内容は学校現場の裁量が重視されるとはいえ、アイヌの多い道内でさえ十分な教育が行われていない現状を憂える声も強い。

 札幌大文化学部の本田優子教授(アイヌ史)は「アイヌを学べば多様な文化を知ることができ、日本社会はもっと豊かになるはずだ」と提起する。収奪や差別の歴史も含む「アイヌ教育」が全国に広がれば、多民族の「共生」する社会に大きく近づくはずだ。

   ×  ×

 この企画は金子淳、高山純二が担当しました。

==============

 ■ことば

 ◇アイヌに関する教育の取り組み
 文部科学省によると、小中学校の学習指導要領でアイヌ民族を指導事項に位置づけているのは、中学校社会だけ。小学校は学習指導要領での位置づけはないものの、地域学習の一環でアイヌ民族に触れている教科書もある。道教委は地域学習を充実させようと08年度から3年間かけて「北の大地に根ざした豊かな学び推進事業」を実施し、アイヌに関する教育のモデルカリキュラム作成を行っている。

毎日新聞 2009年1月11日 地方版


 さて、最後です。しかし、よくもまあ、これほどの駄文を新聞に載せられたな。署名する記者の勇気は認めましょう。私なら、恥ずかしくて書けん。

>「私らは今でもこんな家に住んでると思うかい」。アイヌ民族博物館(胆振管内白老町)の伝統家屋チセで、民族衣装を着た解説員、野本三治さん(46)が道外から来た修学旅行生たちに話しかけた。引率の女性教諭にも「あなた、そう思ったでしょう」と尋ねると、教諭は「はい」とうなずいた。
>明治政府の同化政策によってアイヌ民族は昔ながらの生活や言葉を捨てさせられた。しかし、アイヌ民族博物館を訪れる観光客や修学旅行生には、今もアイヌが伝統的な生活をしていると誤解している人も多く「アイヌも靴下を履くの?」「日本語上手だね。どこで学んだの?」などの珍問が後を絶たない。
>「少数民族について幼いころから正しく学べるようになってほしい」と野本さんはいう。政府がアイヌを先住民族として認めてこなかったツケが教育のひずみとなって表れ、「アイヌを知らない日本人」を生んでいる。


 たぶん、これを差別の実例としてあげたいんだろうけど、こういう事を声高に言い続けているのが、他でもない差別を無くしたい人たちな。大部分のアイヌが普通に何事もなく生活している事はあえて無視する。極一部の部分だけを見せて、これがすべてであるかのような印象操作をする。だから、よくよく知ると距離を置かれてしまうんだけどね。
 この後、何故か在日朝鮮人の話が出て、その後、北海道での実話と称してこの件。

>成果を実感したこともある。04年11月、芦別市立芦別小学校で4年生を受け持った時、アイヌ民族の現状を教えていたところ、1人の男児が意を決したように立ち上がった。「ぼく、アイヌだよ」。教室にどよめきが起こった。「おお」「すごい」。差別的な反応は一切なかった。同級生の感嘆のまなざしに照れたような笑みを浮かべた男児の表情が忘れられない。

 「成果を実感」って、頭大丈夫か?これをいいたきゃ、この授業以前はむごい差別があったことを実証しなくてはならんが、そう言う姿勢は皆無。大体、本当にむごい差別があったのなら、教師の言葉ごときで変わるもんか。おそらくは、その教室の大部分の子供が、「だから何?」ってな感じじゃなかったかな。
 それ故、教師の語る苦労話の後に、カミングアウトした子供を見て、その苦労をその子がしてきたかのような錯覚を覚え、素直に「すごい」という感想が出たんだろう。もちろん、差別を知らんのだから、自分たちが差別者である事も理解できなかっただろう。その場で、他の生徒に「おまえたちは差別者だ」といったのならともかく。最も、そう言われたら、大部分の生徒が反発すると思うが(「僕はそんなことしてない」という生徒が多数だろう。その声にどう対応できるか。実際にやったとしたら、見物だな)。

>日比野さんは「少数民族のアイヌが『自分はアイヌだ』と胸を張って言える社会にしたい。そのためには教育の役割が大きい」と力を込める。

 もうできてるじゃん。やることないよ。

 この後、授業にアイヌ文化を取り上げるとかいろいろ書いてるんだけど、ただでさえゆとりで時間を削ったのに、時間を割いて「アイヌ」を取り上げてたら、学力の地域間格差は大きくなる一方だと思うけどね。
 また、アイヌ収奪の歴史もいいけど、アイヌによる和人殺害の歴史もしっかり教えような。和人による収奪はあったんだろう。しかし、それに抵抗したアイヌにより殺害された和人もいたのだ。その和人の関係者が、その後どのような印象をアイヌに持つかはあきらかでしょ。どちらか一方に偏った教育は間違ってると思うぞ。


 まあ、いろいろ書いたが、毎日Hentai新聞だからね。何処まで信憑性があるか解らんわ。差別というなら、はっきりと実例を示さないと意味がない。私が足りない頭で思いつく、「生活を脅かす」差別は、教育・就職・結婚といったところか。順に考えよう。

1.教育
 これについての差別はまあ無いと言っていいだろう。Hentai新聞の記事では進学率をもって差別としているようだが、冗談ではない。進学しようとする意志が無いことまで、差別のせいにされてたまるか。この進学というのは貧乏からの脱出の一つの手段でもある(例としては橋下徹大阪府知事なんかがそうだな)。この機会はまさに均等の与えられている。これ以上の対策はとれないだろう。文句を言う前に、福沢翁の「学問ノススメ」を熟読することをおすすめする。
 それでも、差別があり進学できないとするなら、大学が意図的にアイヌを排除している場合だ。そんな大学があるのなら、実名を挙げて公表せよ。さすれば、差別の実態も明らかになるし、改善につながるだろう。
 たぶん無いと思うけど。

2.就職
 これについては何とも言えん。小さい会社ではあるかもしれん。総勢10人程度の会社もある。まさに家族同然だな。その会社の経営者がアイヌに裏切られた経験を持っていれば、アイヌに対し特別な感情を持つことは止められない。それを曲げて採用すべしとは、とても言えないな。
 また、逆にアイヌということを生かした職業もあるだろう。そう言う職場には当然アイヌが優先的に就業することになる。となれば、和人が排除されていると言ってもいい。もちろん、アイヌの経営者がかつて和人に裏切られた経験を持つ人ならば、やはり和人を敬遠しても仕方ない。
 ただ、大きな会社や公務員では、排除されるようなことはあるまい。もしやってたら、それこそ大問題として大きく取り上げられているだろう。毎日Hentai新聞が書き漏らすはずもない。
 以上のことから、全くないとは言えないが、社会的に問題になるほどとも思えん。そう言う会社はどんどん告発すればいい。アイヌの言い分が正しければ会社が改善するように努力するだろうし、和人の言い分に正当性があれば社会がそのような抗議を受け付けなくなるだろう。

3.結婚
 この手の地域間対立というのは何も今に始まった事じゃない。古くはシェークスピアの「ロミオとジュリエット」でも書かれているように、極めて普遍的なものだ。もちろん、ばかげたことだと思いはするが、人の感情というのはそう言うものかもしれん。たとえば、今でも、福島の人は山口・鹿児島の人に対して、どちらかといえば否定的な印象を持つ(会津は長州・薩摩が嫌い)。これも差別といえばそうかもしれん。しかし、そう言う嫌悪感は理屈じゃない。どうしようもないところでもある。
 しかし、大部分の人はそう言う感情から逃れている。それ故、この記事内にあるようにアイヌ・和人間の結婚があるわけだ。この記事内の例を見れば、結婚を不安視する必要はないと思う。両親を見ているはずの娘が何故不安に思うのか理解できない。その原因は何かといえば、こういう教育や報道に問題があるように思える。ありもしない差別に怯える人を作って、都合のいい人がいるというわけだ。
 ただ、そう言うことが絶対無いとは言えないのが、この問題だろう。確かに結婚は2人だけの問題化もしれんが、実際には家族同士の結びつきでもある。そう言うことに対しある種の抵抗感がある人を単純に「悪い」とも言えないと思う。これを完全に解消しようとすれば、悪名高き「同化政策」になる(制度として混血を進めるとかね)。そう言うことをのぞんではいまい。
 大体、アイヌが和人から排斥されるという考え自体が、アイヌが和人を排除していることに気付いているだろうか?

 確か、部落出身者で官僚になった人がいて、その人が部落に対する優遇措置を徹底的に排除していったことがあったと思う。その人が「自分がここにいるということが部落差別が解消した証拠だ」と言ったとか言わないとか。 
 この記事内にあるように、すでにアイヌ出身の国会議員もいる。これこそアイヌ差別が存在しない確かな証拠だろう(差別があれば少数派であるアイヌが当選するはずもあるまい)。

 ならば、やるべき事はありもしない差別を言いつのる差別者の告発だ。

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
本 文
毎日Hentai新聞発 アイヌ差別キャンペーンのお知らせ 行き先のない道しるべ/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる