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zoom RSS 朝日の泣き言 ・・・聞かねえよ

<<   作成日時 : 2014/10/02 17:05   >>

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 さて、あの記事から1ヶ月。個の1ヶ月の間に朝日新聞の誤報(私は誤報じゃないと思うけどね)はとどまることを知らず、後から後から出るわ出るわ。よくもまあ、こんな記者を飼ってたもんだな。まあ、驚きゃしないけどね。そういう新聞社だ。
 しかし、ここで朝日も泣きが入ってきたかな?それでもえらそうなのは「朝日節」かな。


朝日:大学への脅迫―暴力は、許さない

2014年10月2日(木)付

 自由にものを言う。

 学びたいことを学ぶ。

 それらを暴力によって押しつぶそうとする行為を、許すわけにはいかない。

 かつて慰安婦報道に関わった元朝日新聞記者が教授を務める帝塚山学院大(大阪狭山市)に9月、別の元記者が非常勤講師を務める北星学園大(札幌市)には5月と7月、それぞれの退職を要求し、応じなければ学生に危害を加えるという趣旨の脅迫文が届いた。警察が威力業務妨害の疑いで調べている。

 「辞めさせなければ学生に痛い目に遭ってもらう。釘を入れたガス爆弾を爆発させる」

 「元記者を辞めさせなければ天誅(てんちゅう)として学生を痛めつける」

 北星学園大には、「爆弾を仕掛ける」という内容の電話もあったという。

 攻撃の対象は元記者本人にとどまらない。家族までもがネット上に顔写真や実名をさらされ、「自殺するまで追い込むしかない」「日本から出て行け」などと書き込まれた。

 朝日新聞は8月、過去の慰安婦報道について、女性を強制連行したと証言した吉田清治氏(故人)に関する記事を取り消した。間違った記事を掲載してしまったことに対して多くの批判が寄せられており、真摯(しんし)に受け止めている。

 しかし、だからといって学生を「人質」に、気に入らない相手や、自分と異なる考えを持つ者を力ずくで排除しようとする、そんな卑劣な行いを座視するわけにはいかない。このようなことを放任していては、民主主義社会の土台が掘り崩されてしまうだろう。

 「反日朝日は五十年前にかえれ」。1987年5月3日、朝日新聞阪神支局に男が押し入り散弾銃を発砲、記者1人が殺害された。犯行声明に使われた「反日」は、当時はあまり耳慣れない言葉だった。

 あれから27年。ネットや雑誌には「反日」「売国奴」「国賊」などの言葉が平然と躍っている。社会はますます寛容さを失い、異なる価値観に対して攻撃的になってはいないか。

 意見を述べ合い、批判し合う自由こそが社会を強く、豊かにする。戦後約70年をかけて日本が築きあげてきた、多様な言論や価値観が交錯する社会を守りたい、暴力に屈することのない社会をつくっていきたいと、改めて思う。

 朝日新聞への批判から逃げるつもりはない。しかし、暴力は許さないという思いは共にしてほしい。この社会の、ひとりひとりの自由を守るために。




 言いたいことは理解できるし、もっともだと思う。

朝日でなければな!!

 これまで散々好き放題やって来て、何いってんだか。大学の自主自立は結構だが、そこに「うそ」「いつわり」を許してはいけないでしょう。最高学府なんだからな。徹底的な検証とそれに伴う処分を行うべきだと思うぞ。その結果、元朝日記者が失職することになったとしてもそれは仕方ないことだと思うな。

 さて、気になるところだけ引き出します。


>攻撃の対象は元記者本人にとどまらない。家族までもがネット上に顔写真や実名をさらされ、「自殺するまで追い込むしかない」「日本から出て行け」などと書き込まれた。

 なるほど。これは確かに行きすぎた表現かもしれませんな。まして、家族がそのターゲットになるなんぞ許されていいことではない。しかしながら、朝日新聞が過去の日本についての誤報(?)を行うことによって、今現在、在外邦人に対しこころない行為がなされているとも聞く。それに対し、朝日新聞は何らかの手を打ったのか?また、その行為を批判する記事を英語紙面で主張したであろうか?そのようなことをしたためしはあるまい。朝日の主張はいつもいつも「過去の日本の行為」をさげすみ、現在の日本人が「謝罪・賠償」するように仕向けてきたではないか。これが許されるなら、朝日記者がさまざまな批判の矢面に立つことは当然と言える。
 家族を守りたいとの気持ちがあるのなら、在外邦人の子どもがうけている言われない差別に対し、大きく声を上げるべきでしょうな(もちろん、英字紙面でね)。それが朝日に課せられた使命とも言えよう。


>朝日新聞は8月、過去の慰安婦報道について、女性を強制連行したと証言した吉田清治氏(故人)に関する記事を取り消した。間違った記事を掲載してしまったことに対して多くの批判が寄せられており、真摯(しんし)に受け止めている。

 うそだね。つい最近まで社長からして、謝罪に関しては拒否してきたではないか。ああ、今もそうか。こんな態度で「真摯」なんて言葉は使ってほしくない。


>しかし、だからといって学生を「人質」に、気に入らない相手や、自分と異なる考えを持つ者を力ずくで排除しようとする、そんな卑劣な行いを座視するわけにはいかない。このようなことを放任していては、民主主義社会の土台が掘り崩されてしまうだろう。

 「やあ、それは朝日新聞のことですね。」by R田中一郎

自己紹介どうも。自身が民主主義社会の敵だと認識できたのかな?だと、うれしい。


>「反日朝日は五十年前にかえれ」。1987年5月3日、朝日新聞阪神支局に男が押し入り散弾銃を発砲、記者1人が殺害された。犯行声明に使われた「反日」は、当時はあまり耳慣れない言葉だった。

 ああ、このころはまだ朝日を信じていたなあ〜 (遠い目)
なんて純だった わ・た・し


>あれから27年。ネットや雑誌には「反日」「売国奴」「国賊」などの言葉が平然と躍っている。社会はますます寛容さを失い、異なる価値観に対して攻撃的になってはいないか。

 おまえらが散々、当時の皇軍を含む日本人全体に対し、言われない非難をつづけていたからじゃねえの?社会の寛容さを求めるのなら、自身の行動・記事・取材方法に寛容さがあったかどうか検証すべきでしょう。まあ、できはすまい。


>意見を述べ合い、批判し合う自由こそが社会を強く、豊かにする。戦後約70年をかけて日本が築きあげてきた、多様な言論や価値観が交錯する社会を守りたい、暴力に屈することのない社会をつくっていきたいと、改めて思う。

 報道機関によって行われた「言葉の嵐」に翻弄されてきた日本人こそがこれを行ってきたと思うのに、それを圧殺してきたのは誰だ?


>朝日新聞への批判から逃げるつもりはない。しかし、暴力は許さないという思いは共にしてほしい。この社会の、ひとりひとりの自由を守るために。

 30年以上逃げ続けて、今もまた逃げようとしているのが見え見え。こんな報道機関(煽動機関?)の言説など聞かない。
 
ひとりひとりの自由を守るために、朝日に対し何をすべきか?

国民は考えるべきでしょう。

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