国立大学授業料の値上げ?バカを言うな

 さて、こういう記事を見た。まあ、役人の考える事って、どこ向いてるんだろうな。能力が低いのか、それとも、そう見せて、やりたいようにしてるのか?


福井新聞:国立大の授業料 値上げ案に猛反発

(2015年5月16日午前11時20分)
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 5月11日に行われた「財政制度等審議会」で、歳出抑制に向けた方策を議論するなか、財務省が国立大学の授業料を引き上げることを検討するように提案した。これを時事通信などが報じ、ネット上で議論を呼んでいる。

国立大の授業料は、各大学が決めることができる。とはいえ、多くは文部科学省が定めた授業標準額(53万5800円)と同額。これは私立大学(平成25年で平均約86万円)の約6割程度だ。毎日新聞によると、財務省はこれを踏まえたうえで、さらに「国立大入学者は富裕家庭の子どもも多いことから、私立大の授業料近くに値上げ」することを提案したという。また、幹部からは、増えた収入を教育環境の改善や、親が低所得で優秀な学生向けの奨学金制度を充実させるといった改革に充てるべきだとの意見が出たとのことだ。

これについて、ツイッターには、

「親の年収に比例する授業料っていうのはありだと思うな。富裕層なら私大並に負担してもらってもいいんじゃない?」

という意見もあるものの、“国立大入学者の家庭は富裕層が多い”から、“値上げする”という理屈に首をかしげる人も多数。また、“授業料が安い”ことが国立大学の存在価値のひとつなのに…という意見も多く、

「学費安いから国立大行くために勉強するのに、『学ぶ意欲を重視し』て授業料を値上げとはこれや如何に」
「国立大の授業料が安いことに問題提起ってすごいな、クレーマーの心理っぽい」
「アホすぎて目も当てられない」

など反発の声があがっているほか、

「国立大学の授業料上げるとかやっぱ霞ヶ関ふざけてる(怒)
地方国立大の人気落として東京の私大に若者集めたいのが見え見え
地方創生や少子化対策は無視か」

という意見もあった。

なお、文部科学省の資料によると、国立大学の授業料は1985年で25万2000円、1995年で44万7600円。私立大学の平均はそれぞれ47万5325円、72万8365円と、互いに右肩上がりで増え続けてきた。実際に値上げされるかどうかの議論はまだまだこれからだが、逆風は強そうだ。



 国立大学の授業料の値上げ。これは以前から続いている流れで、その理由というのが「授業料の国立私立格差の是正」というもの。はっきり言って「ふざけんな」という理由ではあるのですが、そうして理由で行動してきたのは事実。この記事の中でも述べられているように、「国立大入学者は富裕家庭の子どもも多いことから、私立大の授業料近くに値上げ」ということだそうだ。しかし、その情報元を私は探せなかった。まあ、確かに、以前聞いたことはある。TVなどでも取り上げていたように思う。
 しかし、確か10年ほど前にこれは否定されていたように思うけどな。東大合格者の大部分が年収1,000万円以下だったような気がする。500万円以下の人も2割程度だったような。(うろおぼえです。ちがっていたらすいません。)
 まあ、どこからが低所得かという線引きにもよりますが、決して、高額所得者ばかりというわけではない。が、世の中の比率と比べると、高額所得者の比率が著しく高いというのもわかる。では、この差はなぜなのか。
 これまでの報道では、「高額所得者がお金を使って学力を上げる(塾・予備校等)」というのが、理由とされていた。しかし、私はそれはちがうんじゃねえのと思ってたな。本当にお金と学力に相関があるのなら、2割も低額所得者が入れるわけもあるまい。確かに高額所得者はお金は使ってる。だが、それだけが理由とは思えない。
 私は、高額所得者のもつある特性がこういう結果を引き出していると考える。その特性とは

努力が報われると信じている

ということ。たしか、以前に行われたアンケートで、低額所得者は「努力が報われない」と考える人の比率が高く、高額所得者と逆のパターンを示していたように思う。
 高額所得者は、努力は報われると信じてる。言い換えるなら、自分の今の生活(低額所得者ではない)はみずからの努力によるものだと考えている。それ故、努力を怠らない。これは、仕事だけではない。勉強もそうだ。そして、報われると信じているのだから、先の見えない努力も出来る。受験勉強なんかは、それの最たるものだな。どんなに努力したって、試験は水物。どうなるかは時の運もある。それでも、それを努力できるのが 高額所得者であり、高額所得者の子弟と言うことになろう。もちろん、低額所得者の中にもそれを信じることの出来る人はいるので、そういう人が努力し、東大に入学する。プロスポーツの世界でも、同様の傾向は見られると思う。高額所得者の子弟は多いんじゃないのかな。
 翻って、低額所得者。彼らは努力が報われないと信じている。そう信じている以上努力なんぞ出来ない。もちろん、まったく努力しないというわけではない。目に見える努力はする。時給○千円とか、月給○○万円とか、そういう目標への努力は出来る。というかしてる。しかし、なかなか思うようにはならない。そこで、投げてしまう。もちろん、子弟にも同様の教育をすることになるので、ある程度の努力はするが、努力は報われないとする家訓は強固なものとなる。
 もちろん、例外はある。低額所得者で努力が報われた人は、まあ、高額所得者になるのだから、問題ない。で、高額所得者で努力が報われなかった人だが、この人達も実はあまり気にしてないと思う。ごく一部の跳ね返りはいるかもしれないが、大部分の人が、報われなかった事を「自らの努力不足」という形でけりをつけるだろう。そして、今まで行ってきた努力(勉強・スポーツなど)を通じて得たものを、今後の人生に活かす力にするでしょう。となると、必ずしも望んだ形ではなかったが、努力は報われてます。となれば、この人達は低額所得者であったとしても、「努力は報われる」と信じる人になる。
 結局問題なのは、低所得者で努力しない人。努力しないんだから報われるはずもない(運に任せるだけ)。そりゃ生活は改善しませんよ。百歩譲って、自らの改善を望まないまでも、子供の今後に関してしっかり考えるなら、努力だけはさせるようにしないとね。子供の代で少しでも改善するなら、それでいいではないか。その子供の子供にまた、努力させればよい。さすれば、少しずつではあるが、生活は改善していくでしょう。

 話がそれた。さて、大学の授業料ですが、私が大学の時は25万くらいだったかな。半期で10万強を支払っていたように思う。それがあれよあれよという間に、どんどん上がっていった。それで80万円ですか。ちょっとやり過ぎではないのか。何のための国立か?貧乏人には来るなと言わんばかりだな。もちろん、奨学金などの制度を拡充するのとのことだが、そんなもん、入ってからでないとわからないではないか。

大学入学しました→奨学金受けられませんでした→入学辞退

なんてことが起こらないとも限らない。
 私はどちらかと言えば、国立は無料でいいと思う。それこそ、教育の機会均等のためにも、必要な措置だと思う。全国立ってのが無理なら、旧帝五官大だけでもいい。そして、地方の国立も現在の半額程度にする。私学助成金は大幅減額して、私大への減税で対応。というか、本来私学助成は違憲だろう。さっさとやめるべきだ。
 また、ここまでたくさんの大学が存在することがそもそも問題なのであって、それを是正していくべきでしょうな。もっというなら、高校も今ほどいるのか疑問。

分数出来ない人に高等数学教育が必要か?

私はいらないと思う。そして、現在、そういうレベルの高校が存在するのも事実だろう。それらの統廃合を行って、日本人の教育レベルにあった小・中・高・大の数にすべきだろう。教育水準が上がっていくなら、それに見合った形で拡大していくのが正しいように思う。

 まあ、とりあえず提案だけだそうだから、様子を見ていきましょう。反対者も多いようだしね。

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この記事へのコメント

kaz
2015年08月22日 16:27
私は国立大学の授業料値上げには反対です。
なぜなら国立大学生の一部には、国公立なら大学に
行ってもいい、と親に言われてたひとが必ずいるからです。(私がそうでした)
国立が私立と変わらなくなったら、大学進学自体許さない親が多くなる可能性があります。
あと私立出身者が賛成してるなんてのをネットで見ましたが、そもそも値上げに賛成と言うこと自体がおかしな話です。

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